Research

非線形・非局所弾性体の構成式論

線形性と局所性と呼ばれる二つの近似の課された古典弾性理論は,その数学的なシンプルさと美しさの一方で,(i)客観性公理の破綻により固体材料の示す力学的振る舞いを有限変形として表現できない,(ii)サイズに応じて複雑に変化する固体材料のマルチスケール力学特性を表現できない,という二つの原理的な問題を抱えています.これらの限界を越えて弾性理論の適用範囲を拡張するためには,古典弾性理論に課された二つの近似を取り除いて一般化するとともに,その構成式(フックの法則)を数学的・力学的に合理的な形で整理する必要があります.私達の研究グループでは,代数学的な手法(対称群の群環とSchur-Weylの双対律)を用いて非線形・非局所弾性体の構成式の再構築を進めています.図はこの解析に用いる5次対称群のヤング図形を示したものです.5つの箱とその中に配置された5つの数字.こうした図形から弾性定数テンソルを既約分解するための原始冪等元が得られます.

 

非局所弾性理論を用いた格子欠陥力学解析

固体材料の示す強度や延性といった力学特性は,材料内部に存在する格子欠陥が外力下で示す力学応答に強く依存しています.固体材料内部で生じる力学現象を理解し,得られた知見を新しい材料設計へ還元するためには,大型計算機を用いた計算力学解析が有効です.私達の研究グループでは,非局所弾性理論とアイソジオメトリック解析*を併用することによって,従来理論の課題であった格子欠陥中心における応力の特異性問題を解決し,連続体力学に基づく数値・理論解析を実現しています.図はこの方法を用いて得られた格子間原子周辺の応力場です.ここでは欠陥中心を含む弾性体全域で正則な力学場が得られています.現在は高速な計算手法の開発とその大型並列計算機への実装,およびそれらを基盤とした固体力学・材料科学問題への応用に関する研究を進めています.

*アイソジオメトリック解析は,NURBS(Non-Uniform Rational B-Spline)を弾性体の形状表現および基底関数として使用し,ガラーキン法に基づいて応力の平衡方程式(弱形式)を解く変分問題の直接解法の一種です.

 

アイソジオメトリック解析の拡張

固体材料内部の様々な格子欠陥を連続体力学の立場からモデル化・解析するためには,構成式(フックの法則)の一般化による特異応力場の解消に加えて,適切な数値計算方法の開発もまた必要となります.私達の研究グループでは,既存のXFEM(eXtended Finite Element Method)を参考にした新しい数値計算法として,拡張アイソジオメトリック解析(eXtended IsoGeometric Analysis: XIGA)に関する研究・開発を進めています.図はXIGAを用いて非局所弾性体へ導入した4本の刃状転位ループのモデル構造です.この構造を中間配置として応力の平衡方程式(弱形式)を解くと,キンク変形と呼ばれる特異な変形形態が現れます.こうして得られたキンク変形の力学場に対して,微分幾何学を主軸とした結晶塑性解析,およびリー群・ネーター定理に基づく対称性・保存則解析を進めています.

 

固体の共鳴振動理論の構築と材料特性解析への応用

固体材料はそれ自身固有の振動数,いわゆる共鳴周波数を有しています.超音波スペクトロスコピー法を用いて共鳴周波数を精密に計測し,得られた結果を古典弾性体の共鳴振動理論*に基づいて逆解析すれば,その材料の基礎物性値である弾性定数を正確に決定することができます.図はこの理論をもとに計算された共鳴振動モードの一例です.これらの振動モードは,その対称性に応じた既約表現(点群)によって分類されています.私達の研究グループでは,レイリーとリッツの共鳴振動理論を非線形弾性体,非局所弾性体,およびマイクロポーラー弾性体へと一般化することで,共鳴振動現象の持つ本来の対称性やサブミクロン領域で発現するサイズ効果について,理論的な立場から検討を進めています.

*この理論はレイリー卿と数学者リッツによって約一世紀前に構築されました.理論の中心はリッツによる変分問題の直接解法ですが,同時代に提唱されたレイリー商の概念もまた古典弾性体の共鳴振動解析に有効であることが知られています.

 

絶縁体でも導体でもない半連続金属薄膜の形成ダイナミクスとガスセンサへの応用

金属薄膜を基板上に成膜すると、微小な孤立した島状の核が形成され、それらが成長して互いに接触することで連続膜が形成されます。この不連続から連続の変態は、金属では膜厚が数原子層の時に生じ、その途中で得られる半連続膜は絶縁体でも導体でもないユニークな電気特性を示します。我々は半連続膜の形成を高感度に検出できる計測手法(Resistive spectroscopy)を開発しました。この手法は、共振している圧電体を基板の近くに設置していると、不連続膜から連絡膜へと変化する瞬間に、圧電体が振動しなくなる現象を利用しています。これは、共振する圧電体からは周囲に電場が発生しており(図を参照)、その電場が薄膜によって乱されることが原因です。圧電体の共振(音)で薄膜の形態変化を観察するユニークな手法であり、この計測法を用いてこれまで観察が難しかった成膜初期の薄膜成長ダイナミクスを研究するとともに、この技術を使ったガスセンサ開発を行っています。(詳しくはこちら

 

音でガラスが結晶化する不思議な現象

ガラスは液体を急冷することで得られますが、室温では結晶がもっとも安定な状態なために加熱や変形など外部から刺激を与えると結晶になります。ガラスの結晶化はガラス特有の性質を無くしてしまう有害な現象である一方、高強度なナノ結晶材料などの作成へと応用できます。我々はコロイドガラスと呼ばれるガラスに対して、特定の振動を照射すると結晶化が起こることを発見しました。振動を与えるだけなので、加熱のように周辺領域に悪影響を及ぼすことがないという利点があり、新材料の開発に応用できると考えています。しかしながら、音による結晶化のメカニズムは不明であり、その原因探求に取り組んでいます。(詳しくはこちら

 

コロイドガラスの弾性不均一性の検証

コロイドガラスとは微小なガラス粒子が水溶液中にランダムに分散したものです。数十億個もの粒子からなる巨大な系を作り出せるため、コンピューターシミュレーションに変わるガラスの研究手法として注目されています。ガラスでは原子や分子がランダムに配列しているので、等方的かつ均一な弾性特性を示していそうですが、実際には弾性不均一性が存在し、弾性率が大きい場所が小さい場所が分布していると考えられています。この不均一性は数十原子程度のスケールであると予想されていますが顕微鏡で弾性率分布を観察することはできず、シミュレーションでは扱う原子数が大きくなり計算が困難になるため、我々は弾性不均一性の存在およびスケールをコロイドガラスを使って検証しています。図はコロイドガラスの顕微鏡画像で、コロイド粒子が振動している様子を示しています。

 

界面は剛い?柔らかい?

多層膜のように異なる材料が積層した材料には界面が存在します。はたして界面は剛(つよ)いのでしょうか?それとも柔らかいのでしょうか?界面での原子間結合力は携帯電話などで使われる電子部品(フィルタ)の開発において重要なパラメータになります。「多層膜の界面は柔らかい」と長らく考えられていましたが、信頼性の高いレーザーを使った手法で精密に調べると、界面は柔らかくないとする結果が得られつつあります。長年に渡って支持されてきた界面結合力に関する認識がはたして正しいのかどうか決着をつけるため、ピコ秒超音波と呼ばれる計測法を用いて、界面の結合力の大きさを研究しています。